「仕事は最低限でいい。定時に帰れればそれで幸せだ」
新卒でIT業界に飛び込んだ当時の僕は、本気でそう思っていました。プログラミング研修で挫折し、自分の適性に絶望していたからです。
そんな僕がなぜ、25歳で会社を飛び出し、現在はフリーランスのインフラエンジニアとして「3億円の資産形成」という大きな夢を追っているのか。そのターニングポイントについてお話しします。
📉 「逃げ」の姿勢で始まったITキャリア
船乗りからIT業界へ「異世界転生」した直後の僕は、完全に自信を失っていました。
- Javaのループ文で挫折: 周りの同期がスイスイ書いている横で、自分だけが何時間もエラーと格闘する日々。
- 低かったモチベーション: 「自分には才能がない。だったら、波風立てずに定時で帰るのが正解だ」と、仕事に対する情熱をシャットダウンしていました。
しかし、配属されたインフラ構築の現場で、ある気づきがありました。
⚡️ 転機:インフラ構築で見つけた「物理の感覚」
コードは書けなくても、サーバーを立て、ネットワークを繋ぎ、システムが動く土台を作る作業は、不思議と僕の肌に合っていました。
船のエンジンルームで巨大な機械を扱っていた時の「物理的なインフラを守る感覚」が、仮想化されたクラウドの世界でも共通していたのです。
「コードが書けないなら、インフラを誰よりも極めればいい」
この小さな成功体験が、僕の「逃げ」の姿勢を「プロとしての自立」へと変えていきました。
🚀 25歳の決断:会社という「依存」からの卒業
その後、大手IT企業から中小のSES企業へと転職しましたが、そこで感じたのは「自分の市場価値を会社に委ねることへのリスク」でした。
- 会社員としての限界: どんなにスキルを磨いても、給与や案件の選択権は会社が握っている。
- 自由への渇望: 自分の技術で直接クライアントに価値を提供し、その対価をダイレクトに受け取りたい。
「このままでは、理想の未来(鎌倉の家や資産形成)には届かない」
そう確信した僕は、2022年1月、25歳でフリーランスとして独立する道を選びました。
🛠️ 現在:AzureとIaCを武器に「ドラマ」を創る
独立して3年。現在はAzureを中心としたクラウドインフラの設計・構築を専門としています。
あの日、Javaで挫折した僕が、今ではTerraformなどのIaC(Infrastructure as Code)を駆使し、コードでインフラを制御しています。挫折したからこそ、自分に合った「武器」を見つけることができたのです。
フリーランスという働き方は、責任も大きいですが、それ以上に「自分の人生の手綱を自分で握っている」という実感を与えてくれます。
🏁 終わりに:次なる舞台は「3億円の資産形成」
キャリアの土台は整いました。ここからは、エンジニアとして稼いだ資金を賢く運用し、65歳までに3億円の資産を築くという「人生のプロジェクト」が本格始動します。
僕の挑戦が、キャリアに悩む同世代のエンジニアの背中を少しでも押せれば幸いです。


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