「年収1000万の船乗りへの道を捨て、なぜ未経験のIT業界へ飛び込んだのか?」
僕のキャリアを話すと、多くの人に驚かれます。しかし、この「異世界転生」とも言える大きな決断と、その後に直面した絶望、そして這い上がった経験こそが、現在のフリーランスエンジニアとしての僕の根底にあります。
今回は、僕がIT業界に足を踏み入れた本当の理由と、そこから学んだキャリア戦略についてお話しします。
⚓️ 船乗りの卵としての生活:巨大なエンジンと向き合う日々
高専(商船学科)時代、僕は船の心臓部を守る「機関士(エンジンオフィサー)」を目指していました。
- 過酷な現場: 温度が40度を超えるエンジンルームで、巨大なディーゼル主機の整備に明け暮れる日々。
- 物理的なインフラ: 鉄の塊と油にまみれ、「動いて当たり前」のインフラを維持する責任感を叩き込まれました。
当時の年収モデルは1000万円超。将来は約束されているようにも見えましたが、ある一つの想いが僕を動かしました。
「もっと、時代の最先端にある『見えないインフラ』を作ってみたい」
この好奇心から、僕は海を降り、ITという広大な海へ漕ぎ出すことを決めたのです。
💻 入社1週間で突きつけられた「絶望」と「適性」
国内最大手のITグループ企業に入社した僕を待っていたのは、プログラミング(Java)研修という高い壁でした。
- コードが読めない: 「オブジェクト指向? クラス? 継承?」……船の図面なら読めるのに、コードがどうしても頭に入ってこない。
- 同期との差: 1週間で、自分には「開発」の才能がないことを悟りました。
しかし、この挫折が思わぬ転機となります。研修中の評価と、船乗り時代の「物理インフラ」の経験が考慮され、会社から「インフラエンジニアへの転向」を言い渡されたのです。
🛠️ 「開発」から「インフラ」へ:挫折の先で見つけた天職
当時は「逃げ」のような感覚もありましたが、今振り返ればこれが最大の転機でした。
インフラエンジニアの仕事は、サーバーやネットワークという、システムが動くための「土台」を作ること。それは、船のエンジンルームを守っていた僕の経験と、驚くほど共通点がありました。
- 「動いて当たり前」を守る使命感
- 目に見えないけれど、止まれば全てが止まる重要性
コードをイチから書く才能はなくても、「システム全体を支える構造を設計する」というインフラの面白さに目覚めたのです。
💡 異業種からITを目指す方へ伝えたいこと
この経験から、僕がブログ読者の皆さんに伝えたいのは、「最初から完璧な適正なんて分からなくていい」ということです。
- 挫折は方向修正の合図: 開発がダメでも、インフラやセキュリティ、クラウド設計など、活躍の場は他にもたくさんあります。
- 前職の経験は必ず活きる: 船乗り時代の「泥臭い現場力」は、今のクラウド構築のトラブルシューティングでも大いに役立っています。
現在はAzureやTerraformを駆使するフリーランスとして活動していますが、あの日「Javaができない」と絶望した自分に、「その先にもっと面白い世界があるぞ」と教えてあげたいです。
📖 ドラマチック・インフラ屋:キャリアの軌跡
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